イギリスのホームエデュケーション体験記
私たち家族(夫、私、11歳と5歳の息子ふたり)は昨年の終わりから半年ほ
どイギリスのホームエデュケーションのグループである「エデュケーショ
ンアザワイズ(以下EO)」の親子とかかわる機会がありました。社会的
背景など状況はずいぶん違いますが、日本で家庭を基盤にしてやって行く
上でもずいぶん参考になる部分があると思いますので少し紹介したいと思
います。
【EOって?】
EOは、家庭で子どもを育てる事を選択した親たちの小さな自助グループ
として1977年に誕生。イギリス国内には他に7つの同じような団体があり、
ホームエデュケーションをしている家庭は2万を越える。EOの会員数は
1996年現在2500で、ここ数年急増しているらしい。年会費は15ポンド
(1ポンドは220円ぐらい)。
イギリスではご存知のように「親は子に学校または他の方法(otherwise)
で教育を受けさせる義務を負う」という事が教育法に明文化されているの
で、家庭で学ぶということを選択する事ができる。しかし現実には学校へ
行くのが当たり前という考えが支配的で、「日本的登校拒否」もかなりあ
るらしい。EOの親たちは「家庭で教育する権利があるという事を知らな
い人があまりに多い」とこぼしていた。
EOのさまざまな活動(問い合わせへの対応、資料の発送、本の出版、ニ
ュースレターや名簿の作成など)はすべて親のボランティアによって成り
立っている。全国各地に70人ほどの世話人がいて、相談に乗ってくれたり
近くのグループを紹介してくれたりする。
【ニュースレターのこと】
会の中では地域やグループごとにさまざまなニュースレターが出されてい
る。以下、私がお目にかかったもの。「EOニュースレター」会全体として隔月で発行。毎回 編集ボランティアは変わる。毎号いろんな特集を組んでいる。例えば、
- 特殊な助けが必要な場合のコンタクトリスト(アレルギー、自閉症、ダウン症、摂食障害、いじめ、天才児、(日本でいう)登校拒否school phobia、片親家庭など)
- 本の紹介
- 外国語を学ぶ
- 作ってみよう
- ゲーム、ゲーム
- 教育委員会に対する申し入れ
- 前号に対する反論
- すべて子どもに任せる教育
- もっと親が作る教育(前号に対して)などなど。
「各地域のニュースレター」地域やグループでそれぞれに独自の情報を盛
り込んだニュースを出している。ロンドン近郊のものによると、96年創刊
当時、定期的なグループの集まり(たいてい週に一回)はロンドンで5つ
しかなかったが、現在ではその数約20。さまざまなイベントの開催も増え
ている。
【地域のグループに参加する】
私たちは見学も含めて5つのグループの集まりに出かけた。以下その内容を
紹介する。
1.ロチャバー・ホール・グループ(ロンドン南東部)
週一回、公民館のような場所を借りている。10歳以下の子が多い。10家族
前後が参加。物置に持ちよりの遊具を常備していて子どもたちは好きなも
のを使って遊ぶ(三輪車、絵の具、フラフープ、なわとび、レゴ、サッカ
ーゲーム、レーシングカーなど)。親は見守りながらおしゃべり。お弁当
を食べ、片づけを済ませた後、天気がよければ近くの公園で遊ぶ。夏、天
候がよくなればピクニックなどの行事あり。参加費一人1ポンド(会場代と
お茶代)。
2.ギルフォード・グループ(ロンドンの南、サリー県)
大きなスポーツセンターで、週に一回アイススケートをする集まり。約15
家族。子どもの年齢は5歳から18歳までさまざま。団体割引でスケート場
を利用する。料金は一人2.5ポンド。余分に0.5ポンド払うとインストラク
ターの指導が受けられる。またこのグループはこれ以外に月に2度、ピクニ
ックや社会施設の見学(消防署や浄水場)なんかもやっている。秋には運
動会、クリスマスのコンサートでは子どもたちによるピアノ、バイオリン、
フルート、歌、劇などが行われ、親戚や友達を招待する。
3.ディーン・シティー・ファーム・グループ(ロンドン南東部)
毎週一回小さな農場に集まり、羊毛を使っての糸つむぎやフエルト作りの
体験、羊の毛刈りの見学や乗馬ができる。農場の利用は無料。糸つむぎは
一回1ポンド。10歳前後が多い。7、8家族が参加。グループの15歳の女の子
はここのカフェでアルバイト、10歳の男の子はほとんど毎日ボランティア
で動物の世話をしていた。
4.アドベンチャー・プレイグラウンド・グループ(ロンドン南東部)
週に二回、公営の大きな遊園地を利用。無料。20家族以上が参加。子ども
の年齢はさまざま。アスレチック施設で遊んだり、グランドでサッカーや
鬼ごっこ。屋内では玉突きや工作と、いろいろ楽しめる。
5.アザワイズクラブ(ロンドン北西部)
ここは将来オープンカレッジのような形の学ぶ場を作りたいという親が集
まって運営している。現在約35家族が参加。年会費として一家族100ポン
ドが必要。子どもの興味に合わせて年間のテーマを決め、いろんな角度か
ら理解を深めるという事もしている(昨年のテーマはテムズ川)。他にさ
まざまな講師を呼んで、ステンドグラス、ロッククライミング、シェーク
スピアの劇、ピラミッド、救急法などいろんなクラスを開いている。クラ
スを採る時は別に講師料を払う。
このようにいろいろな形のグループがあり、それぞれの事情に合わせて運
営している。小さなグループでは、自然と中心になって世話をしている人
の子どもに近い年齢層や考え方の近い人が集まるようになるようだ。自分
たちの行きたい時に、行きたい所に参加することができる。近くにグルー
プがなければ自分が呼びかければよい。子ども同士、親同士が親しくなれ
ば当然お互いの家に行ったり来たりするようになる。また全国レベルのキ
ャンプもあり、他の地域に住む人たちとの交流もできる。
【ホームエデュケーションの費用】
イギリスでは学校外の教育が法的に認められているにもかかわらず、家で
やっている子どもへの公的な援助はない。ただ、EOに入会する時に全家
庭が受け取る「EOカード」というのを持参すれば、多くの博物館や美術
館をタダ、あるいは割引料金で利用する事ができる。これは引率する親が
家庭で教育を行っている「教師」とみなされるためで、学校外教育が法的
に認められているからこそ可能な事なのだろう。また、家庭教師をつけた
り習い事をしている子も多いが、費用を節約するために親が相互に自分
が教えられる事(外国語、楽器、スポーツなど)や手伝える事(ペンキ塗
り、犬の散歩、子守りなどなんでも)を交換して、お互い費用をかけずに
メリットを得ようというような呼びかけもされていた。
【子どもと距離を置く】
ホームエデュケーションを選択した場合、子どもと離れて自分の時間を持
つということは、特に赤ん坊の時から寝室を別にする習慣のある西洋社会
ではとても大きな問題。私自身もこのことにはずいぶん悩んでいたので下
手な英語であれこれ聞いてみた。どの親も開口一番「それはとっても大事
な事!」。それに対する工夫は以下のようなもの。
- 夫は帰宅時間が早い。4時とか5時(!)。
- 週休3日のような働き方をする。生活は楽ではないが、もっと大切なものがある。
- 専業主婦の場合、週に1、2回、自分のための時間(好きな習い事やボランティア)を持つ。
- 夫と妻が半分づつ働き、お互い自分の仕事を持つ。
- 夜8時以降、子供部屋に入れてからは子どものこと(遊んでとか絵本読んでとか言いに来ても)を一切何もしないと決めておく。
- EOの集まりで親しくなった人同士、子どもを預けっこする(泊りがけも)。うちも丸一日預かってもらった事がある。子どもたちは電車に乗って空港に遊びに連れていってもらい、私たち夫婦は5年ぶりに二人だけの外出を楽しんだのだった。
イギリスでは12歳未満の子どもだけで留守番させると警察にしょっ引かれ
る。とにかく主として子どもと毎日を過ごす母親が精神的にバランスよく
生きられなければホームエデュケーションはとても続かない。子どもの方
も母親以外の人と過ごす時間を持つ事は貴重なお勉強となる。
【毎日の過ごし方】
EOで会った子どもたちは、学期中は近くのグループの例会に週1、2度出
かけ、他の日は家で過ごしたり、習い事に行ったり、友だちと行き来した
り、家族と博物館に出かけたりして過ごしていた。イギリスでは学期の真
ん中に、ハーフタームという一週間の休みがあるが、この時期にはあらゆ
る子供向けのコース(キャンプ、パソコン、各種スポーツ、農場体験、自
然観察、お料理、工作、手品などなんでもある)が、いたる所で開かれる
ので、これに参加する子も多い。2ヶ月の夏休みには1〜2週間、家族みんな
でキャンピングカーで田舎へ行ったり、のんびり旅行に出かけたり、また
子供向けのサマーキャンプに参加したりするようだ。
【親と学校と教育委員会】
一口に子どもを家で育てるといっても、生まれた時からそう決めている親
もいれば日本のように登校拒否を経験した親もいるし、また日常の過ごし
方にしても、まったく子どもの自主性に任せている親もいれば、家庭教師
や親が熱心に勉強を教えている家庭もある。日本と違って親の権利意識が
ものすごく高いので、それぞれ「自分たちのやり方」があるわけだ。しか
も法的に子どもの教育の責任者がはっきりしているので形としてはとても
スッキリしている。学校に行く時は入(再)学の、家で過ごす時期には退
学の手続きをすればよい。「今は家にいるけど、中学からは学校に行くん
だ」なんて子も結構多かった。
イギリスでは就学時になっても日本のように「就学通知書」が来て、学校
を指定される事はないらしい。親は自分で学校を選び(普通は近くの公立
学校、お金がある人は私立)、直接校長と会って、空きがあれば入れても
らう。一度学校に籍を置き、途中で止めた場合には学校から教育委員会に
通知されるので担当者が面接に来て家庭での教育状況を調べるが、はじ
めから学校に行かせない場合には視察はない。なんだか不思議な気がす
るが、教育委員会が知らないホームエデュケーターもいるという事になる。
理由は簡単。いい加減なのだ。
教育委員会の対応は地域によってまちまちだが、昔は学校の時間帯と同
じように一日のカリキュラムを作らされたり、国の指導要領に従って教え
るように言われたりする事もあったそうだ。今ではEOなどの働きかけで
随分改善されたらしい。しかし親の中にはこのような視察自体、「教育権
の侵害だ、拒否するべきだ」という人もいて、「いやいや、せっかく長い
時間をかけてここまで作ってきたよい関係を大事にするべきだ」という穏
健派と議論になっている。
また、親の意識が高いのも善し悪しで、家で育てたいと強く思っている親
の場合、反対に子どもが学校へ行く権利を奪うこともある。子どもが学校
に行きたいと言い出したらどうしようか不安だとか、親が悲しむので言い
出せなかった、というような投書も見かけた。
【おわりに】
半年間EOの親子と付き合ってみて、イギリスで家庭を基盤に学ぶための
環境は日本に比べてずっと恵まれていると痛感しました。しかし同時にそ
れらの多くは親たちが自分たちの力で手に入れてきたものであるという事
もまた教えられました。もちろん将来的には法律が改正されることが望ま
しいけれど、どんどん大きくなる子には今しかないわけだから、今をどう
楽しく、暮らしやすくしていけるのか現状の中で試行錯誤していくという
のが私たち親の仕事なんだあと改めて思う今日このごろです。
『メッセージvol.63 .65』1999年 ホームシューレ(東京シューレ)より転載
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